合理性は近代社会において非常に重要視されてきた。それは科学的探究や社会設計、ビジネスといった特定の場面で重視されるだけでなく、自律した個人として合理的に意思決定していくことは、近代社会を生きる人間一般の理想像とすらいえる。しかし、近年実証的にも示されてきているように、さまざまな制約を抱えた現実の人間にとって、合理的な思考や行動を徹底することは難しい。また、そもそも合理性を理想としてよいのか、疑問視する立場も根強くある。どのような意味での合理性を、どのような場合に、どのような形で実現するのが望ましいのか。合理性に頼ることで私たちはよりよく生きられるだろうか。