クライエントと「別の歴史に見合う言葉を見つける」ことがセラピーではないか。「類似」に基づく「隠喩」よりも,「部分で全体をあらわす」レトリックの「換喩」に着目,治療過程に潜む〈詩の次元〉にアクセスしつつ,ナラティヴが治療的な意味を生み出す基底部分を探究する。「いかなるストーリーにも還元できないもの」を掬い取るとはどういうことか? 人生を物語から解放する反ナラティヴな試み。
「詩とは、別の歴史に見合う言葉を見つけることです」―マリヘレン・スナイダーが、そしてマイケル・ホワイトも引用する作家デイヴィッド・マルーフのこの言葉が、本書の主題である。
「詩はどのように、心の奥深くに感じられ、詩でなければ記録されないことを声にするのでしょう。……ユニークながら繰り返されるあらゆる出来事、日々の存在の小さな秘跡、心臓の鼓動、そして身近でありながら表現不能な物事の壮大さと恐怖の兆候、それが私たちの別の歴史です。それは、出来事のノイズとおしゃべりの下、静かに進行するものであり、この惑星の生活で毎日起こることの大半であり、そのはじまりから綿々と続いてきたものです。詩とは、別の歴史に見合う言葉を見つけることです……」