20世紀初頭に山形県庄内地方に生まれ、仙台の東北帝国大学に学んだ動物学者・阿部襄。青森県浅虫の臨海実験所、日本統治下の南洋パラオ諸島、さらには帝国日本の傀儡国家・満州国の吉林へと活動の場を広げながら、海洋動物の研究に従事した。敗戦後は故郷に戻り、山形大学で教壇に立つかたわら、晩年まで平和運動に力を注いだ。
阿部は、貝類やナマズ、サンゴなどの研究を進める一方、満洲では軍の要請を受けて森林での動物調査にも関わった。また、動物文学に深く魅せられ、少年少女向けの科学読み物を数多く執筆するなど、研究者の枠にとどまらない多彩な知的活動を展開した。その独特の言動はしばしば畸人とも評されたが、同時に多くの人々から人格者として敬愛を集めた。
自然への飽くなき関心と文学への深い希求を胸に、帝国日本の膨張と崩壊という現実に、彼はいかに向き合ったのか。科学と文学、帝国と戦後、研究と社会運動――。そのはざまを生きた異色の動物学者・阿部襄。その知られざる生涯を通して、日本の知識人の可能性と葛藤を臨場感あふれる筆致で描き出す。
【目次】
プロローグ――ある忘れられた動物学者について
第1章 山寺から――原点
第2章 仙台から浅虫へ――海洋動物学者の誕生
第3章 パラオへ――人生最良の日々
第4章 吉林へ――満洲国の動物学者
第5章 吉林から山寺へ――満洲国の崩壊
第6章 山寺から――生態学・文学・ユネスコ運動
エピローグ――早すぎた動物行動学者/遅れてきた人格主義者
参考文献
あとがき