本書は、二〇二三年出版の『朱門禮書考』の姉妹編で、二冊合わせて我我二人の經學史研究の代表作とする。(中略)二〇二五年三月に亡くなった葉純芳は、その二、三年前から既に學術論文を讀み書きすることができなくなっていたから、最も新しい二、三篇は喬秀岩が獨自に書いたものだが、それ以前のものは、いずれも二人の共著と言ってよい。二十年に足らない時間だったが、仕事も生活も、ずっと共にしてきた。二人の中のどちらの仕事、と分けることには意味が無い。大學に籍を置きながら、業績評價だの第一著者だの、下らないことを氣にせずに過ごしてこられたことは幸せだった。
もちろん、熱の入れ方には違いが有って、『朱門禮書考』は葉純芳が主力で、本書では喬秀岩が主力であったと言うことはできる。しかし、本書においても、『孫詒讓周禮正義⎾鄭非經旨⏌⎾賈非鄭旨⏌辨』などは葉純芳の力作で、會心のものだ。樂しい讀書生活を送れたこと、關係する皆様に心より感謝申し上げる。 (「あとがき」より)
『朱門禮書考』は朱熹・黃榦・楊復の礼學を研究し、楊復の劃期的意義を論じた。本書『鄭注可讀論』は鄭玄の注を研究し、その後世の學者たちとは全く異なる本質を論じた。本書最後の『兩解辨』は、末尾で鄭玄から楊復を經て、清末孫詒讓に至る經學史の大きな流れを概観したが、それは、この二冊全體の結論だと言ってもよい。
しかしここに、主題としては朱門にも鄭注にも屬さないものの、經學史の大きな流れにおいては不可缺の問題を論じて、しかも我我二人がとりわけ樂しく共同撰述し、現在讀み返しても興奮を禁じ得ない一篇として、『孝經述議編後記』が有る。『朱門』『鄭注』二冊を我我二人の代表作とするなら、この一篇は捨てるに忍びない。ということで、ここに附錄することとした。形の上では、『朱門』に『禮記補疏』を附録したのに綺麗に重なる。更に葉純芳の著作目錄を附したのは、これまで葉純芳の論文を十分丁寧に讀んでおらず、よく讀めば意義深い内容がまだまだ多く有ることに最近氣づいたからだ。(「附録説明」より)