◆「日本文化」の源流を求めて ― 学びの基本から学問世界へ、さらに一歩先を見すえた「レクチャーシリーズPLUS」◆
「日本文化」の源流を求めて、明治維新までの260 年も続いて近代日本社会や文化の基礎となった江戸期の社会体制を振り返り、さらに政治・社会の特質を、まとまった著作を残している欧米訪問者の目に映った実像に照らして顧みる。学びの基本から学問世界へ、さらに一歩先を見すえた「レクチャーシリーズPLUS」。
【本書のポイント】
◆「法社会学」の視点から、日本の法文化のルーツを江戸時代に遡るものであることを提示。
◆ 初期の西洋来訪者(ザビエル、フロイス、ケンプファー、トゥンベルク、ドゥーフ、シーボルト)が江戸の社会制度や人々の暮らしをどう見ていたかを紹介
1)法社会学から見る「日本の法意識」…川島武宜の『日本人の法意識』を引出し、日本人が訴訟を避け「権利」の主張を抑制して相互理解(和解)で解決しがちな伝統的法文化は、江戸期からの歴史的形成(文化)に深く根ざしていると指摘。
2)徹底された各大名・公家への統制…徳川幕府は、諸大名に厳しい制約を課した「武家諸法度」や、参勤交代(大名の財力を削ぎ、妻子を人質にする)、朝廷を監視する「禁中並びに公家諸法度」を制定し、専制的な絶対的支配体制を徐々に確立。
3)兵農分離と武士の官僚化…秀吉の「刀狩り」以降、武士は農村から切り離されて城下町に集住し、土地の直接支配から藩主より家禄(俸給)をもらう生活へと変化。これがのちに、武士自身が「役職を与えられ、解任されかねない官吏(官僚)」のようになっていく構造的変化を生み出した。
4)内済(示談)を絶対視する民事裁判…農民・縫助の具体的な民事訴訟記録(1808年)を紐解くと、当時の裁判(奉行所)は「権利の保護」ではなく「支配者による恩恵」であり、徹底して「内済(当事者間の示談)」を奨励・強制する「訓戒的調停」であった実態を描く。
5)西洋来訪者が見た「厳重な管理」と「知的好奇心」…➀ザビエル、フロイス:日本人の旺盛な好奇心や合理的な知識への渇望を評価する一方、言葉の曖昧さを好む性質、自殺(切腹)を勇敢とする価値観、さらには日常的な堕胎・間引きの多さを指摘。➁ケンプファー以降:出島での貿易は幕府によって徹底的に独占・監視され、入港時の厳しい身体検査や聖書の没収、厳罰主義による打ち首の様子などが具体的に記録されている。また、シーボルトの交換条件に応じた天文方の高橋景保が国禁の日本地図を渡して死刑となった「シーボルト事件」も詳しく紹介。