神との合一

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商品説明
エックハルト研究は、「エックハルトとは何者か」という問いに常に行き着く。晩年にその思想が異端の烙印を押され、彼の名は思想史の表舞台から姿を消したが、19世紀になるとスイスの研究者F・プファイファーによってドイツ語説教集が出版され、1930年代に校訂版全集の刊行が始まると、エックハルト研究は次第に活発になっていった。ただし、従来支配的であった見解は、彼を神秘主義者であるとする立場と哲学者であるとする立場の二つに大別される。
本書はこれら二つの見解のいずれにも与せず、彼の説教者としての側面に焦点を当て、その思想の内実を検討する。彼がその職務に当たる際の姿勢や使命を考慮した場合、その主張の極致である「神との合一」がどのような意味を帯びうるのか。合一は神秘主義の文脈においていわゆる「神秘的合一」として理解され、神や絶対者と直接かつ内面において一致する体験を指すが、エックハルトの思想を悉に検討すると、この合一が指し示す別の事態が浮かび上がってくる。
本書はエックハルトの合一が三つの要素を基盤にして成り立つものと仮定し、考察を展開する。すなわち①エックハルトの世界把握の前提となる存在論、②信徒たちが合一のために徹底すべき態度、③合一の媒介項となる言葉である。エックハルトの存在論を考察するにあたっては、「存在は神である」と「あらゆる被造物は純粋な無である」という二つのテーゼを軸に据える。この考察を通じて、被造物が無であるという前提のもとで、人間が生きる世界の聖性と善性をより強く打ち出そうとする彼の意図を明らかにする。さらに、「神は一である」というテーゼの検討は、エックハルトが神の純粋性および至高性をどこまでも追求した結果としてこの表現を用いたこと、そして神の名辞である「一」こそが彼の合一思想の強固な基盤となっていることを示す。
以上の形而上学思想は、彼が聴衆に対して人間の理想像を説くために成立したのではないか。本書はこうした仮説を出発点として、恩寵と祈りに関するエックハルトの見解を分析し、神に向かう人間の姿勢についての彼の理解を考察する。具体的な事物を嘆願することなく、神の賜物を受ける者であると自覚しつつ、神の永遠の賜物を願う徹底した祈りを行うよう求められており、その果てに人間は認識においても神との合一に至る。
こうした主張を説くための手段である言葉を、エックハルトはいかなるものと認識していたのか。神と聖書の言葉を何よりも大切にするという姿勢は同時代の説教者たちの間で共有されていたとはいえ、その取り扱いや理解のプロセスに関する見解にはエックハルトの独自性が現れている。彼が説教を受容するための理想的な形式こそ、神の言葉を語る説教者の言葉とそれを聴く者が等しくなること、すなわち合一にほかならない。もっとも、人間の言葉の限界を自覚していた彼は、自らが説教の場で神の言葉そのものを語りうるとは考えていなかった。しかし彼の言葉には、聴衆が神の言葉を聞くことができるよう、そして現世に生きることを肯定し享受するよう、助け導く説教者の姿が映し出されている。
目次

 凡例


序論 エックハルトとは何者か


第1章 神の存在と被造物の無
 第1節 エックハルトの存在論
 第2節 無と創造
 第3節 無と信仰
 結び


第2章 神の「一」
 第1節 エックハルトの否定神学
 第2節 神の「一」の内実
 第3節 否定の否定
 結び


第3章 恩寵の受容と実践
 第1節 与える神と受ける人間
 第2節 嘆願なき祈りという理想
 第3節 全身全霊の祈り
 結び


第4章 説教者の使命
 第1節 エックハルトにとっての神と聖書
 第2節 エックハルトの言語感覚
 第3節 説教の受容としての合一
 結び


結論 説教と合一


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 あとがき
 注
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 索引

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