日本を一番愛した外交官

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    商品説明
    「日本とアメリカは戦ってはならない!」
    昭和初期、日米間に橋を架けることを終生の志とした米人外交官がいた! 駐日大使、国務次官を歴任したキャッスルの思想と行動、そしてアメリカ側から見た斬新な昭和史


    《はじめて紹介される事実の数々……》
    排日移民法(1924年)のきっかけを作った埴原駐米大使の失言は実はヒューズ国務長官の示唆によるものとキャッスルが証言
    パリ不戦条約(1928年)の実質的作成者はキャッスルだった
    スティムソン国務長官の「満洲国不承認宣言」(1932年)に対しキャッスルは「満洲は日本が統治したほうが一番いい」と主張
    日中戦争の時代、対日非難の動きに対しキャッスルは「中国を助けるべきではない。それは中国をソ連に明け渡すことを意味する」と主張

    ウィリアム・キャッスル(1878-1963)とは
    ハワイ王国生まれ。ハーバード大学卒業後、同大学で英語講師と新入生担当の副学部長を務め、1917年ワシントンDCにアメリカ赤十字局を開設、欧州派遣軍将兵とその家族の支援活動に従事。1919年国務省に入省、国務省西欧部長(ハーディング政権)、国務次官補(西欧問題担当、クーリッジ政権)。1928年パリ不戦条約の制定に関わる。1930年日本特別大使を務めた後、国務次官補、国務次官(フーバー政権)。1933年国務省を退き外交評論家として活動。1936年共和党大統領候補・ランドンの選挙参謀。1940年アメリカ第一委員会に加盟しアメリカの参戦反対の活動に従事。戦後1948年アメリカ対日協議会の名誉会長となり、1960年日本から勲一等旭日大綬章を授与される。

    ◎目次

    序 章 ハワイという橋脚の島
    第1章 外交官になるまで
    第2章 ハワイにおける大ストライキ
    第3章 国務省西欧部長・キャッスル
    第4章 キャッスル、日本特別大使となる
    第5章 大恐慌の時代
    第6章 満洲事変の勃発
    第7章 スティムソン長官の不承認宣言
    第8章 キャッスルによる満洲事変の総括
    第9章 ブロック経済、自給自足経済体制の深化
    第10章 在野において旺盛に外交を論ず
    第11章 アメリカは戦争に関わらず中立を維持すべきである
    最終章 第二次大戦中の雌伏、そして戦後の日本の再生
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