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東映の仁義なき戦い

東映の仁義なき戦い

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商品説明
昭和100年を
高倉健、小林稔侍、降旗康男、東映会長、社長ほかの証言で振り返る
東映の3つの「し」。
しのぐ、しぶとい、神風(しんぷう)。
苦しい時代の「しのぐ」。
「しぶとく」仕事を見つけてくる。
「神風(しんぷう)」が吹くのを待つ。
3つの言葉が東映の歴史だ

映画館に来る観客数がもっとも多かったのは、1958年で11億2745万人だった。同年、全国には7000館を超える映画館があった。

2024年の年間の観客動員数は1億4444万1000人(前年比92・9%)、興行収入は2069億8300万円(前年比93・5%)。2020年以来、4年ぶりの減少で、今後も最盛期を超えるどころか近づくことすらもできないだろう。

観客は激減し、映画会社は東映に限らず、苦労の連続だった。映画製作だけで食べていく ことはできなくなった。東宝は早々に製作を分離し不動産ビジネスを強化した。松竹もまた製作を減らした。ただ、松竹は歌舞伎という大きな興行の柱を持っていた。

東映は時代劇、任侠映画、実録映画、エロ映画、和製カラテ映画、アニメと独自のシリー ズ企画で観客へアピールした。映画製作から配給、上映とすべてを行った。さらに社員や関係者を食べさせるためにさまざまな事業に手を出していった。

アニメ制作、テレビ映画制作、テレビ局への投資、CM制作は本業の映画製作と親和性が ある。また、アニメやヒーローものの映画に出てきたキャラクターをビジネスにした。それだけではない。時代劇の製作本数が減ってきたら、京都撮影所の遊休地を太秦映画村にして、テーマパーク事業に進出した。不動産開発販売、ボウリング場、プロ野球、ホテル、ショッピングセンター、タクシー会社、花か卉き店、消費者金融、葬祭業、ガソリンスタンド、旅行代理店、パチンコ店、麻雀店、コンビニといった事業にまで進出した。

東映はかつて『仁義なき戦い』(1973年〜 全5作)で大ヒットを記録した。だが、 ほんとうの仁義なき戦いは会社を存続させることだった。東映は頑張ってきた。これからも頑張るだろう。日本のすべての企業はマーケットの縮小と環境変化に対して戦ってきた東映に学ぶしかない。なんといってもこれからは仁義もへったくれもない存続の戦いに突入しなければならないのだから。
目次
プロローグ/娯楽といえば映画だった

第1章  月光に導かれて/第2章  戦後の映画ブームと東映の発足/第3章  東映に吹いた風と大川博/第4章  映画を襲った嵐の秘訣/第5章  高倉健と任侠映画オールナイト/第6章  営業マンと観客たち/第7章  仁義なき戦い/第8章  東映とアニメ創世記/第9章  『仮面ライダー』とスーパー戦隊シリーズ/第10章 実録映画の衰退と和製カラテ映画/第11章 ふたりのプロデューサーと東映ポルノ/第12章 宣伝方法の変化/第13章 東映太秦映画村と不動産の後始末/第14章 映画の輸出とアニメ/第15章 『鉄道員(ぽっぽや)』高倉健と小林稔侍/第16章 Vシネマという発明/第17章 フィルムからデジタルへ/第18章 相棒/第19章 世界と東映アニメ /第20章 時代劇復権『将軍』と『侍タイムスリッパー』/エピローグ
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