本書は、文献考証という学術的手続に基づき、李朝末期の大韓帝国に西洋簿記(複式簿記の方法による商業簿記・銀行簿記等)がいかなる経路で伝播したのかについて解明した研究である。
経済社会の発展の基盤となる制度、とりわけ本研究で対象とする科学技術としての複式簿記が、いかにして国際的に移転・伝播するのかを探求することの学術的意義は、その様相(拝啓・動因・目的)を類型化し、得られた知見を将来の制度設計や政策立案の指針として提示することにある。大韓帝国における西洋簿記の普及は当時の韓国企業の資金調達を目的とした外部からの同調圧力による制度的同型化によるものであると解釈される。
ある制度の普及はルールへの同化や参加を求めるものであり、現代においても、経済活動に必要な資金調達や財務諸表の国際的な比較可能性向上を目的としたIFRSの適用、中小企業金融支援策を受けるための「中小企業の会計に関する基本要領」の適用、AICPA「中小企業向け会計基準」の米国銀行を通じた融資先への導入促進の働きかけ等が見られる。
つまり、ある制度の普及には、その時々の状況に応じた特定の観点の下で、その制度の利用者、本書で言えば西洋簿記や学校教育の利用者が、その制度の利益を享受することができるように戦略や政策を立案することが肝要であることを韓国の西洋簿記導入の歴史からも学び取ることができる。
本書の研究対象である任璟宰は、李朝末、開化期の大韓帝国において西洋簿記の導入と普及に貢献した研究者・教育者の1人として知られているが、彼の簿記書『簡易商業簿記學』の序文には「商業界が進歩することをあえて望むことから文明國の先学の様式を規範とした」としか書かれていない。つまり、どのような経緯で任璟宰が商業簿記の書籍を執筆したのか定かではなく、複式簿記という科学技術の移転がどのようになされたのか文献からは読み解くことができなかった。
そのことから、韓国及び日本の先行研究を踏まえ、同国開化期における西洋簿記移入の経路を解明することを目的に、任璟宰の三部作の読解・考証を通じて、吉田良三の簿記学説が手本となって任璟宰の簿記書が韓国語で執筆され、商業簿記や銀行簿記の教授が同国の学校教育において実践される契機の1つとなったことを明らかにした。