宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」

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宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」
  • 発売日:2026/09/03
  • 出版社:めこん
  • ISBN:9784839603465

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宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」

宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」

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商品説明
「大東亜戦争」の大義名分となった「大東亜共栄圏」建設構想。その宣伝文化政策が掲
げられた背景と南方占領地での政策の実態とは?インドネシアと日本の文化人が果たし
た役割とは?その政策はインドネシアの独立に寄与したのか? 20年がかりで日本・インドネシア・オランダ・アメリカに所蔵されている公文書・新聞・雑誌・書籍・教科書を徹底的に読破・分析し、実証的に導き出した結論とは?
目次
序章 宣伝文化政策としての「大東亜共栄圏」を考察するにあたって
1.研究の目的
2.先行研究を踏まえた本研究の課題
2.1.「大東亜共栄圏」建設がなぜ「大東亜戦争」の大義名分となったのか
2.2. 南方占領地インドネシアにおける宣伝文化政策の担い手と「国民」文化形成運動
3.研究の方法と本書の構成
3.1. 研究の方法と分析対象とする主な史料
3.2. 本書の構成
凡例

第1章 「大東亜共栄圏」建設がなぜ「大東亜戦争」の大義名分となったのか 
1. 南方侵攻に向けての日本の対外宣伝文化政策 
1.1. 第二次近衛文麿内閣の「大東亜の新秩序」建設 
1.2. 大政翼賛会調査委員会第三委員会 
1.2.1.文化建設担当の第三委員会第三小委員会 
1.2.2. 日本主導による「大東亜共栄圏」文化建設:「国益」に資する宣伝とは 
2.軍部による「大東亜」構想とその宣伝としての「大東亜共栄圏」建設 
3. 南方侵攻にあたっての占領統治方針:領土,民族,言語の扱い 
4. 内閣情報局による「大東亜」地域に対する宣伝文化政策 
4.1. 内閣情報局の新設 
4.2. 文学者の統制:日本文学報国会の設立 
4.3.「大東亜戦争ニ対スル情報宣伝大綱」 
4.4. 南方への日本語普及と日本文化の宣伝・進出:内閣情報局と軍部との連
携 
5. 南方に対する宣伝文化政策の決定者と指令系統 
5.1. 南方占領地 
5.2. 占領地以外の南方での宣伝文化政策 
6. 南方での占領の進展と軍政開始に伴う宣伝文化政策 
6.1. 情報宣伝方策としての東條首相演説:大東亜諸民族の各伝統・文化に応じた処置 
6.2. 南方の各占領地での軍政実施要綱 
7.「大東亜建設審議会」が示した南方占領地に対する文教文化政策 
7.1.企画院『大東亜建設基本方策(大東亜建設審議会答申)』 
7.1.1.大東亜建設審議会の設置と答申「大東亜基本方針」の取り扱いについて 
7.1.2.『大東亜建設基本方策(大東亜建設審議会答申)』における文教政策の位置づけ 
7. 2.「大東亜建設に処する文教政策答申」 
7.2.1. 第二部会の審議委員の顔ぶれ 
7.2.2.「大東亜建設に処する文教政策答申」における「大東亜諸民族」 
7.2.3.「大東亜諸民族ノ化育方針」の対象地域と民族 
7.2.4. 「大東亜諸民族ノ化育方針」に見られる「言語」「宗教」「文化」への認識 
7.3. 大東亜建設審議会の人口および民族政策答申 
8. 軍政機構整備化に伴う宣伝文化政策の展開 
8.1. 通信,新聞,映画を宣伝媒体とした現地住民教化へ 
8.2.「軍政総監指示」に見られる領土,民族,宗教,言語の扱い 
結語 

第2章 インドネシア3占領地区での宣伝文化政策の変遷 
1. 日本侵攻前夜の蘭印の文化状況 
1.1. 領土 
1.2. 住民の民族別区分
1.3. 言語政策 
1.4. インドネシア民族主義運動の状況 
1.4.1.国民主権の追求 82
1.4.2.インドネシア「国民」文化形成の追求 
2.インドネシア領土の3分割と各占領地区の初期の軍政方針 
2.1.領土の3分割統治と各地区の軍政実施要項 
2.2.民族別政策 
2.3.宣伝文化政策 
3.ジャワ軍政の民族別の宣伝動員政策 
3.1. 軍政初期の政策 
3.2. 軍政機構整備化後の政策 
3.3. 「大東亜」防衛のためのジャワ民衆の動員・戦力化 
3.4. 戦時の重要資源の確保と「民心把握」の間:帝国領土化と「現地住民」の政治参与 
3.5. 総動員体制を目指した「ジャワ全住民」親和のジャワ奉公会 
4. 小磯声明からインドネシア独立憲法制定へ 
4.1. 独立準備調査会とスカルノの「パンチャシラ」演説 
4.2. 1945年憲法に示された独立国インドネシアの形 
結語 

第3章 軍政初期の刊行物と宣伝班の人々
1. 日本軍政期インドネシアで読まれた刊行物 
1.1. ジャワ 
1.2. スマトラ 
1.3. 海軍主担任地区 
2. 刊行物の主な発行元と書き手 
2.1.『カンポ(KAN PŌ官報)』 
2.2. 学校および社会人向け教科書 
2.3. 新聞・雑誌 
2.4. バライ・プスタカ 
2.5. 啓民文化指導所 
2.6 研究機関 
2.7. 民間出版社 
2.8. 他の地域から送付された刊行物や図書館・個人蔵の図書 
3. 日本軍政期インドネシアで出版に係わった人々 
3.1. ジャワ 
3.1.1. 軍政初期の出版活動を担った宣伝班の編
3.1.2. 宣伝班のジャワ侵攻
3.1.3. ジャワ侵攻後の宣伝班の混乱
3.1.4. 日本軍政とインドネシア文化人との2つの会合
3.1.4.1. 軍政部総務部長とインドネシア人ジャーナリストとの会合
3.1.4.2. 宣伝班とインドネシア文化人との初会合
3.1.4.3. インドネシア文化人の失望
3.1.5. 宣伝班の徴用文化人から軍政要員へ
3.1.6. 出版活動を担った現地の人々
3.2. スマトラと海軍主担任地域
3.2.1. スマトラ
3.2.2. 海軍担任地域

第4章 日本軍政の文教政策と教科書
1. 日本侵攻前夜の蘭印における教育政策
1.1. 初等教育
1.2. 中等教育
1.3. 政府補助を受けなかった私立学校
1.4. 高等教育
1.5. 学校教科書
2. 南方占領地の日本軍政初期の教育政策
3. ジャワ軍政下の学校教育政策と教科書に描かれた「領土」「民族」「言語」
3.1. 学校教育政策
3.1.1. インドネシア人(原住民)・華人向け学校
3.1.2. 私立学校の統制強化
3.1.3. 印欧人(欧亜混血人)児童の扱い
3.1.4. 戦況の悪化に伴う方針
3.2. 初等教育における教育方針と教科書
3.2.1. 初等教育における日本語と修身の重視
3.2.2. 生徒の出身階層と識字言語,および華人,印欧人の位置づけ
3.2.3. 蘭印時代から存在した科目の教科書
3.2.3.1. 手書きで修正された教科書
3.2.3.2. 改訂・印刷された教科書
3.2.4. 新たな教科:日本語と道徳(修身)の教科書
3.2.5. 教科書の発行部数
4. ジャワ軍政下の社会教育のための教科書
4.1. 社会教育における錬成用教科書
4.2. 社会教育用日本語教科書 
5. ジャワ以外の地域
5.1. スマトラ 
5.1.1. 陸軍二十五軍による教育政策 
5.1.2. 初等教育 
5.1.3. 中等教育 
5.1.4. 社会教育
5.1.5. 西スマトラの事例 
5.2. 海軍主担任地区 
5.2.1. 日本語教育 
5.2.2. 学校教育 
結語 

第5章『アシア・ラヤ』紙における「国民」文化と「大アジア」文化:富沢有為男・浅野晃とインドネシア人新聞人たち 
1. 日本侵攻前夜の蘭印ジャワの新聞界 
1.1. ジャワにおける主要な新聞の概要 
1.2. マレー語の主要新聞の刊行状況
1.3. 『プマンダンガン』紙に見られる日本侵攻前夜のインドネシア知識人の国際情勢認識と民族主義運動 
2. ジャワの日本軍政による新聞統制と宣伝班による新聞の創刊 
2.1. 日本占領直後の新聞統制 
2.2.『プマンダンガン』紙上における日本論 
2.3. 宣伝班による新聞の創刊
3. 宣伝班によるジャワの中央紙『アシア・ラヤ』の創刊と担い手 
4. 富沢有為男:『アシア・ラヤ』創刊の中心人物 
4.1. 徴用前夜の作家としての立ち位置:中国従軍後の国家主義への傾斜と日本語観 
4.2. 国策への恭順が生んだ小説『東洋』 
4.3. ジャワ侵攻軍に徴用されて 
4.4. 『アシア・ラヤ』での活動 
5.浅野晃:「アジアはひとつ」の帰結 
5.1. 日本浪漫派への転向者にとっての「国民文学」 
5.2. 日本の帝国主義の一歩前進は西洋の帝国主義の一歩後退 
5.3. 日本文化中心のアジア文化建設:対支文化工作から日中文化提携へ 
5.4.『アシア・ラヤ』でのインドネシア人知識人との「出会い」:相互理解の王道 
6.市来龍夫,中谷義男: インドネシア人に対する良き理解者 
7. 『アシア・ラヤ』初期のインドネシア人記者たちの文化論 
7.1. 文化欄の主な執筆者 
7.2. インドネシア人記者たちが主張した「国民」文化 
7.2.1. 西洋への懐疑から自然の摂理重視の「東洋(大アジア)精神」への関心 
7.2.2. オランダ批判を用いた日本批判 
7.2.3. 最大の関心である「インドネシア」文化建設
7.2.4. 文化と国家 
8. 日本帰還後に『アシア・ラヤ』でのインドネシア人との共同作業を振り返っ
 て 
8.1. 文化帝国主義が無力であることへの気づき 
8.2.「大東亜戦争」を省みて:狡猾な自分を英霊に結び付けるために 278
結語 

第6章 「大東亜」建設下の新聞統制の帰結:現地グラフ誌に描かれた「インドネシア」 
1. 軍の委託を受けた新聞社のインドネシア各占領地区での設置 
2. ジャワ新聞社とジャワ新聞会の活動 
2.1. ジャワにおける報道関係者 
2.2. ジャワ新聞社の設立 
2.3. 鈴木文四郎によるグラフ誌『ジャワ・バル』の創刊 
2.4. ジャワ新聞社・朝日新聞社ジャカルタ支局の統合 
2.5. ジャワ新聞会による現地新聞の直接経営 
3.『ジャワ・バル』に描かれたインドネシア
3.1.宣伝を目的とした『ジャワ・バル』 
3.2.『ジャワ・バル』の写真撮影者 
3.3.『ジャワ・バル』に写し出された日本人とジャワ住民等 
4.ジャワ以外の地域での新聞刊行 
4.1.スマトラでの新聞刊行 
4.1.1. パレンバン 
4.1.2. アチェ 
4.1.3. メダン 
4.1.4. パダン 
4.1.5. その他 
4.2. 海軍主担任地域 
4.2.1. ボルネオ 
4.2.2. セレベス 
4.2.3. セラム・バリ 
5. グラフ誌『みなみ』に描かれたインドネシア 
5.1.『みなみ』の概要と主な執筆者
5.2. スマトラ在住者のインドネシアへの帰属意識 
6. 大東亜新聞大会へのインドネシア人参加者 
結語 

第7章 バライ・プスタカの作家たちにとってのインドネシア語 
1. 蘭印時代のバライ・プスタカとインドネシア人作家たち 
1.1. 蘭印時代のバライ・プスタカ 
1.2. バライ・プスタカのインドネシア人作家たち 
2. 『プジャンガ・バル』世代が継承した「青年の誓い」 
3. 「文化論争」論客にとっての「インドネシア的なるもの」: 西洋と東洋、日本、言語 
3.1.「文化論争」の時代的背景 
3.2. アリシャバナのインドネシア文化の建設 
3.2.1. 文芸誌『プジャンガ・バル』の創刊:新たなインドネシア文学を目指して 
3.2.2. インドネシア精神に基づく新しい社会 
3.2.3. 東洋における近代国家日本への関心 
3.2.4. 近代性を備えたインドネシア語 
3.3. サヌシ・パネのインドネシア文化の建設 
3.3.1. 神智学とインドの詩聖タゴールへの心酔 
3.3.2. 過去の継続上にある「インドネシア的なるもの」 
3.3.3. 東洋文化の中の「インドネシア的なるもの」と西洋文化
3.3.4. インドネシア社会を統一するインドネシア語 
3.3.5. 歴史の共有に基づく全住民による国民文化形成 
3.4. インドネシア語の整備:プジャンガ・バル世代の共通の関心 
4.第1回インドネシア語会議 
5. 日本軍政下のバライ・プスタカ 
5.1. バライ・プスタカの再開と関係者たち 
5.2. 刊行図書の特徴:書き手と内容 
5.3. 流通と読者 
6.インドネシア語に関する2つの委員会 
6.1. ジャワのインドネシア語整備委員会 
6.1.1. 委員会の設置 
6.1.2. 日本人委員の立場 
6.1.3. インドネシア人委員の考え 
6.2. スマトラのインドネシア語研究所
結語 

第8章 ジャワの演劇活動から発信された「国民」像:啓民文化指導所の大宅壮一・武田麟太郎とジャワの劇作家たち 
1. バライ・プスタカから啓民文化指導所へ移ったインドネシア人作家たち 
2. 啓民文化指導所の設立:インドネシア芸術センター構想への宣伝部による牽
制 
3.啓民文化指導所の文化人たち 
4. 啓民文化指導所の日本人 
4.1. 指導主任大宅壮一に帰還命令が出るまで 
4.1.1. リアリストのジャワ侵攻以前の映画との係わり 
4.1.2. ジャワでの映画上映・製作とジャワ映画公社の設立 
4.1.3. 啓民文化指導所の立ち上げと帰還命令
4.1.4. ジャワでの宣伝活動を振り返って 
4.1.4.1. 宣伝相手の世界観への理解不足 
4.1.4.2. 欺瞞に充ちた宣伝は効果なし 
4.1.4.3. 宣伝内容を思考の中に沈潜させる 
4.1.4.4. 戦争において重要な人間の文化力 
4.1.5. 大宅帰還後:インドネシア映画部と華人資本映画会社の演劇界への編入 
4.2. 文学部指導員武田麟太郎:日本軍政期の演劇活動の奨励 
4.2.1. 作家としての立ち位置:散文精神と『人民文庫』 
4.2.2. ジャワへの航路上で宣伝班同輩へ心を開く 
4.2.3. ジャワ占領後の演劇活動 
4.2.4. ジャワ新聞社主催の戦時文芸作品懸賞募集 
4.2.5. 啓民文化指導所の武田麟太郎 
4.2.6. 機関誌『クブダヤアン・ティムール』創刊号の日本人指導員の論考:統制強化 
4.2.7. 日本帰還後:ジャワでのインドネシア人への負い目を払拭するために 
4.2.8.武田麟太郎離任以降の啓民文化指導所の日本 
5. 啓民文化指導所に係わったインドネシア人 
5.1.「インドネシア的なるもの」の探究者 
5.2. 文学部長アルメイン・パネと文学部新文人会 
5.3. ジャワ奉公会傘下へ:『クブダヤアン・ティムール』第2号に見られる演劇の重視 
5.4. 独立と文化:社会のための芸術 
6. 啓民文化指導所演芸部とジャワ演劇協会(POSD) 
6.1. 日本軍侵攻前夜の演劇界 
6.2. 日本軍政下における作家や劇作家の活動とジャワ演劇協会による統制 
6.3. 軍政期の演劇サンディワラは,「国民」形成を促進したか 
6.4. 主な脚本家と作品 
6.4.1. アンジャル・アスマラ 
6.4.2. ニオ・チェン・センとフレッド・ユン 
6.4.3. アルメイン・パネ 
6.4.4. エル・ハキム 
6.4.5. カマジャヤ 
6.4.6. コトット・スカルディ 
6.4.7. ウスマル・イスマイル 
6.4.8. イドゥルス
7 「プジャンガ・バル世代」と「45年世代」が作品に込めた思い 
7.1. 発表の場としての雑誌 
7.2. 「プジャンガ・バル世代」を中心とした戯曲:インドネシア「国民」とは 
7.2.1. アルメイン・パネのインドネシア「国民」文化 
7.2.2. エル・ハキムの描く宗教的寛容と人道主義 
7.3.「45年世代」のシュトルム・ウント・ドラングと散文精神 
7.3.1.『ジャワ・バル』作品にみられる宣伝テーマとその超克 
7.3.2.「シュトルム・ウント・ドラング」 
7.3.3. 戦争と「散文精神」
結語 

第9章 ナショナルヒストリーと「国民」創出:日本軍政期インドネシアの歴史書 
1. 戦時期日本の南方占領地に対する宣伝文化政策:歴史書に関連して 
2. 日本軍政期インドネシアで刊行された歴史書 
3. ダウエス・デッケルの『高校用インドネシア略史』 
3.1 ダウエス・デッケルの略歴 
3.2 『高校用インドネシア略史:古代と古美術』刊行の背景 
3.3.『高校用インドネシア略史:古代と古美術』の内容の特徴 
3.4 1944年版 『高校用インドネシア略史』の特徴 
4.サヌシ・パネの『インドネシア史』
4.1. サヌシ・パネの『インドネシア史』刊行の背景 
4.2. サヌシ・パネの『インドネシア史』の概要と特徴
結語
終章 戦時下インドネシアでの宣伝文化政策はなぜ失敗したのか 
1.南方占領地における日本の宣伝文化政策 
1.1. 政府,陸軍,海軍,各々にとっての「大東亜」建設 
1.2. 南方占領地での日本の初期宣伝文化政策:各占領軍による占領地区別・民族別統治 
1.3. 軍事と外交のはざまにおける宣伝文化政策
1.4. 軍事力への執着
2.日本の宣伝文化政策を巧みに利用したインドネシア文化人による「国民」文化形成運動 
2.1. 南方侵攻前夜の日本の宣伝文化政策に対するインドネシア人文化人の認識 
2.2. 日本の一方的な宣伝文化政策と現地の人々の心情への無知 
2.3. 日本軍政期にインドネシア語は村落に普及したのか 
2.4. 日本軍政の言論統制下の教科書,新聞,図書(小説,戯曲,歴史書)の書き手と内容 
2.5. インドネシアが蘭印の「領土」を引き継いで独立した背景に何があったのか 
2.6.日本軍政の宣伝文化政策はインドネシア「国民」像に何か影響をもたらしたのか 
3.結論 戦時下の宣伝文化政策はなぜ失敗したのか 

主な人物の略歴 

参照文献 

索引 
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