古墳時代の大阪湾沿岸には多くの古墳が築造され、瀬戸内海航路を東に進み、明石海峡を過ぎ大阪湾に入った、航行者の視線を意識して築造されたといわれてきた。
本書では、古代の交通路から見た古墳の眺望を、GIS(地理情報システム)により古代の人々が古墳を認識した「側面から眺める視点」で再現した。古墳の視認性を地球が丸いことによる海上視認距離、および実際に見える大きさ(視角)により数値化した。
これまで、曖昧に語られてきた、大山古墳の海路からの視認性を数値データにより、神戸沖から見えることを検証した。さらに、誉田山古墳も海路芦屋沖から見え、水路からはモニュメントとしての視認性が弱く、陸路からの視認性が高いことを示した。また、大阪湾沿岸の大型・中型古墳の視認性を検証し、海路をどのように航海していたか推定した。
大阪平野内陸部の古墳についても、視認性を交通路からの視角により数値化した。海岸から離れた百舌鳥・古市古墳群の大型古墳においては、大和を目指した交通路の変化・古墳時代中期以降の馬の利用による、陸路からの視認性の重視が古墳の立地に影響していることを示した。また、古代の人々が常に優美な双耳峰二上山を意識して、海路・陸路から大和をめざしていたことも示した。
最後に大阪湾岸に古墳が立地した意義を、編年順に視認性の変化を検討した。古墳を築造する主体が、古墳時代前期の地域勢力から中期以降ヤマト王権に変わるにつれ、意識する領域が広がり古墳が巨大化しモニュメントとしての役割が大きくなっていったとした。
本書では、カシミール3D(GISソフト)によるフルカラー眺望描画・地図、現地観察写真等合計96図を掲載した。