まえがき
第1章 駐日ロシアの公使及び大使たち──東京公使館開設一五〇周年に寄せて──
1 そもそもの誤り──箱館という領事館開設地の選択
2 関西におけるロシア公館──威信のための威信のみか?
3 長崎──失われたチャンス
4 「ロシア公使が日本で何をすればいいのか?!」
5 「大津事件」に至る十年間
6 「朝鮮問題」をめぐる緊張が高まる
7 ロマン・ローゼン──ロシア外交の「カッサンドラ」
8 「預言者は自分の故郷では尊ばれない」
9 日露戦争後に吹いた「変化の風」──公使から大使への地位昇進
10 〈エネルギッシュ大使〉のクルペンスキー(〈我がクルップ〉)
11 ロシア革命が生んだ「政府のない大使館」の七年
12 日ソ国交樹立──新職員と新館の登場
第2章 最初のロシア人日本学者──パーヴェル・ヴァスケ―ヴィチの生涯──
1〈言葉のハンディキャップ〉による日本観の違い
2 運命の皮肉──記憶に残るには、最初であるべきなのか
3 千里の道が始まった第一歩──東欧から極東へ
4 在学の日々および最初の成績
5 日露戦争中の勤務──外交官への転換
6 新しい任命──朝鮮半島とサハリン
7 東京で過ごした六年間
8 ロシア革命と大連領事館への任命
9 亡命生活の日々──大連から再び日本への移住
10 太平洋戦争とアブリコソフ来訪後の共同生活
11 戦後に再び独りぼっちへ
12 ヴァスケーヴィチの私生活および親戚について─記憶に残るには、最初であるべきなのか
第3章 パーヴェル・ヴァスケーヴィチ回想録──過去から現在にかけて──
海軍大将S・O・マカロフの記憶に
日露戦争五〇周年に寄せて
第4章 資料が語るヴァスケーヴィチのポートレート
1 東洋学院での日々
(1)身上書
(2)東洋学院学生インターンシップに関する書簡二通
2 東京で大使館員として
(1)ヴァスケーヴィチからセルゲイ・エリセーエフ宛書簡
(2)N・A・ネフスキーからヴァスケーヴィチ宛書簡
3 回想録投稿にあたり添えられた書簡
4 回想録に含まれなかった晩年のこと
(1)ヴァスケーヴィチが晩年に書いたアメリカ在住の知人ら宛の手紙より
(2)ヴァスケーヴィチの訃報に関する追悼文
あとがき