ネズミ、ウシ、トラ、イヌ、キツネ、ネコ――。
人はなぜ動物に神を見いだし、ときに恐れ、ときに寄り添ってきたのか。民俗学の視点からひもとく人と動物の関係史。それらを通し、日本人の暮らしと世界観を再発見する。
ネズミは嫌われ者で病原菌をまき散らす害獣だが、愛鼠家もいる。そして大黒さんの使者であり、大国主神を神社で守っている。今でも食料であるウシ、ウマ、さらにサル、イヌ。人間は動物を「食料」とみて、あらゆるものを食べてきた。単に空腹を満たすだけでなく美味であった。禁止されても密かに食べるほど魅力的である。薬でもある。その一方、同じ動物を神として扱い崇めている。実に不思議なことである。タヌキやキツネ、ネコですら、「神」である。私たちの身近なところで生息し、実はともに生きてきたものである。今でこそ共存の意識は薄いが、昔から彼らは変わらずに人間の傍に存在した。社会が大きく変動しても動物は変わらず、彼らがもつ「民俗」は、私たち人間と深い関係を保ってきている。人間の暮らしの中で、「食料」になったり、疎んじられたり、愛されたり、そして「神」になって信仰の対象となったり、神聖なものになっている。(「あとがき」より)
【本文より抜粋】
死者の国からやって来たネズミは「害獣」である/ウシが水中に入ったという伝説は各地にある/亡くなったウシは大切に葬られ、牛墓がつくられた/トラは、古くから同じ名前「トラ」でよばれている/トラは日本には実在していなかったにもかかわらず、実に多くの伝説が残っている/江戸時代には、捨馬は厳しく禁止されていた/神社で「競馬」を行うところがある/互いにグルーミング、「サルのノミ取り」ともいわれる毛づくろいをする。だが、サルにはノミはいない/実は世界中でサルは食べられており、「猿食文化」という言葉があるほどだ/高野山開山の話にも、イヌに導かれる話がある/キツネ憑きなどと同じように、イヌ憑きもあった/時代によって、タヌキ像は変化している/なぜタヌキは化けるのだろう/日本でも「キツネ狩り」は行われていた、といっても本物のキツネではない/キツネが小豆飯を好むのは、稲荷神との関係とされる/化け猫は日本だけではなく、中国でも伝えられている