トリノの聖骸布からリジューのテレーズ、ルオーまで――
傷ついたキリストの顔を見つめる〈聖顔の信心〉はどのように形成され、受け継がれてきたのか。受難の神秘や信心業の実践をめぐるテクスト、芸術作品を通してその歴史をたどる。
■「はじめに」より
〈聖顔〉とは何だろう。フランス語で《Sainte Face》、英語では 《Holy Face》、キリストの〈聖なる顔〉のことであるが、威厳ある栄光の神の顔ではなく、とくに受難の顔、白い布に浮かび上がった受難のキリストの傷ついた顔を指す。(中略)現代において、〈聖顔の信心〉(聖顔への信心を、本書ではこう表記する)は、フランス、イタリア、スペイン、カナダ、アメリカなどで見られるが、この信心への入り口となっている主要な人物として、フランスの聖女リジューのテレーズと、画家ジョルジュ・ルオーがいる。(…)
テレーズが見つめていたのは、〈トゥールの聖顔〉と呼ばれる聖画であり、ルオーが見つめていたのは、テレーズの死後、写真公開された〈聖骸布〉の複製であった。聖骸布は、キリストの亡骸を包んだ埋葬布にキリストの姿が写し出されたとされる比類なき聖遺物で、二千年の歴史をくぐり抜け、現在、イタリアのトリノで厳重に保管され、特別な機会にのみ一般公開されている。トゥールの聖顔のほうは、ローマの〈ヴェロニカ〉(真のイコン)と呼ばれる〈聖顔布〉の複製であるが、聖骸布の写真公開以前には、キリストの顔が刻印された貴重な聖遺物として崇敬されていた。〈ヴェロニカ〉は、ローマの〈聖顔布〉の呼び名でもあるが、イエスに布を差し出した女性の名としても用いられてきた。彼女は、中世の受難劇と、カトリックの信心業〈十字架の道行き〉において、ゴルゴタの丘に向かう途上のキリストに布を差し出した人物として登場し、受難のキリストへのあわれみと愛を示した女性として、人々の心に記憶されてきた。今日でもヴェロニカは、信心業〈十字架の道行き〉の祈りの中で、イエスに布を差し出した女性として黙想されており、美術館や教会では、聖顔布を掲げるヴェロニカの姿が、絵画や彫刻をとおして、折に触れ、目の前に立ち現れる。
本書の目的は、フランスにおける聖顔の信心とは何か、聖顔の信心がどのように形成され、聖顔を見つめる信仰がどのように表現されてきたかを探ることにある。威厳に満ちた栄光の神ではなく、人々の侮辱と暴力を引き受け、傷つき苦しむキリストを見つめ、信仰の対象とする心性は、どのようにして生まれ、どのような土壌で、どのように醸成されていったのか。胸を刺す痛ましいキリストの顔は、それを見つめる芸術家たちにどのような反応を引き起こし、どのような音楽、文学、絵画を生み出させたのか。(…)