邪馬台国と卑弥呼は、なぜ歴史から消えたのか。
第一部
『魏志倭人伝』に記された「東渡海千余里」の記述が合致するのは、東に周防灘・伊予灘を臨む「豊の国(現在の大分県・福岡県東部)」こそ邪馬台国の地であると考察する。気象庁の冬の雲量・日照時間データから解き明かす「日向」の語源や、真珠・ヒスイ・丹砂(水銀朱)の産出地としての条件、さらには西暦247年の皆既日食と卑弥呼の死の連動性を考察。なぜヤマト政権は邪馬台国の記憶を歴史書から隠したのか――その合理的理由を明かす。
第二部
卑弥呼の死後、邪馬台国の内乱によって追われる身となった卑弥呼の甥・彦火火出見(後の神武天皇)。彼は「貧富の差がなく、誰もが公平に助け合える平和な国」という卑弥呼の遺志を継ぎ、仲間たち(彦五瀬、稲飯、三毛入野、天種子ら)とともに東を目指す。過酷な山越えや海の者たちとの出会い、鉄器を巡る攻防を経て大和へ至る、熱い志と冒険に満ちた歴史ロマン。