■ 現代哲学が忘却してきた「第四の幸福の定義」
幸福とは何か? 現代の分析哲学では「快楽説」「欲望実現説」「客観的リスト説」による三分類が基本的な枠組みとなってきました。しかしこの枠組みにとどまる限り、私たちは「個人の気ままな快楽や欲望の追求」と「外部からの正義や規範の押し付け」という両極端の間で迷走せざるを得ません。
本書は、現代哲学が見落としてきた第四の立場である「幸福の整合説」を提示します。幸福の整合説とは、信念や欲望といった心の要素の間に矛盾がなく、自己自身と調和している状態こそが幸福であるとする考え方です。驚くべきことに、現代哲学を乗り越える鍵となるこの立場が、古代ギリシアのソクラテスの思想であったことを本書は文献学的に解き明かしています。
■ 「二つの自由」と全体主義の罠
本書のすぐれた特徴は、幸福論を政治哲学の根本的問題と接続させている点にあります。
著者は、フロムやバーリンの自由論を踏まえて、他者からの干渉がない「消極的自由」と、あるべき自己を実現する「積極的自由」という二つの自由を区別します。そのうえで、「積極的自由」が幸福の客観的リスト説と結びつくとき、独裁政権による暴政への道が開かれると論じています。幸福の客観的条件を知っているとされる知的エリートが、「服従こそが真の自由である」と強弁する抑圧的システムが生み出されてしまうのです。
これに対して「吟味のない人生は生きるに値しない」と説いたソクラテスは、傲慢な知的エリートによる支配を厳しく批判しつつ、一人ひとりが自発性にもとづいて自分自身との調和を実現していくことを促していました。ソクラテス的な積極的自由は、幸福の整合説と結びついていたのです。
こうしたソクラテスの考えを、弟子のプラトンは充分に理解していなかったと本書は論じます。そのためプラトンは、ソクラテスを裏切って三十人独裁政権のクリティアスの思想へと回帰し、全体主義の祖となったのです。
■ 緻密な史料精査と現代的射程
本書は、ポパー的な反証主義を文献学に応用し、仮説の妥当性を厳しくテストする姿勢を明確に打ち出しています。通説をくつがえす大胆な仮説がいくつも提示されますが、そこには広範な史料によるしっかりとした裏付けがあります。
議論の射程は極めて広く、古代ギリシア思想の研究にとどまらず、技術官僚や人工超知能による統治への批判、相対主義とニヒリズムの克服にまで及びます。現代社会の行き詰まりを突破するための新しい思考の枠組みを提示する野心的な論考です。
■ 自由を重んじるすべての人へ
本書は古代ギリシア哲学と現代政治哲学・倫理学を架橋し、「人生の究極の目的とは何か」「力の湧き上がってくる生き方とはどのようなものか」といった根本的な問いを考え抜き、壮大な議論を展開します。わがままな快楽にも、押し付けがましい正義にも満足することなく、自由にもとづく人間的成長を求めるすべての読者に、強烈な知的刺激を与える一冊となることでしょう。