序
帆足万里
一、万里のふる里
二、万里と日本の近代化
三、教養高き家庭
四、学問尊重の日出藩
五、万里という名
六、学問の道へ
七、諸学者とのかかわり
八、教育者の面目
九、『肄業余稿』『修辞通』『井楼纂聞』のこと
一〇、藩学教授から家老へ
一一、ふたたび学問の道へ
一二、『窮理通』の成り立つまで
一三、語学とのたたかい
一四、『窮理通』の諸資料
一五、『窮理通』の組み立て
一六、日本最初の科学史家
一七、大和歌の教えを心として
一八、「真の和学」を唱えて
一九、詩文の実作者として
二〇、理想の灯ともす草舎
二一、不朽の文字刻む記念の碑
二二、先覚の絶唱
二三、大いなる志を秘めて
二四、医学教育者として
二五、万里の自著医書ならびに使用医書
二六、漢蘭折衷の医学を唱う
二七、万里と解剖・薬方・種痘
二八、影響を受けた人びと(その一)
二九、影響を受けた人びと(その二)
三〇、その他の人びと
三一、終章
著作および主要参考文献
略年譜
脇愚山
一、豊後小浦に生まれて
二、熊本への遊学
三、三浦梅園を仰ぎしたう
四、中井竹山に学ぶ
五、熊本藩にかかえられて
六、教育論
七、詩文の人として
八、その他の著述
九、終章、
著作および主要参考文献
略年譜
附・巻末資料
帆足万里資料
脇愚山資料