- 発売日:2014/02/07
- 出版社:航思社
- ISBN:9784906738069
1 / 1
存在論的政治
()
通常価格
4,620 円(税込)
通常価格
セール価格
4,620 円(税込)
単価
あたり
- 発売日:2014/02/07
- 出版社:航思社
- ISBN:9784906738069
読み込み中...
My店舗在庫
My店舗登録で店頭在庫と店舗お受け取り可否が確認できます。(要ログイン)
店舗在庫
商品説明
ネグリ、ランシエール、フーコーなど現代思想の最前線で、そして
9.11、リーマンショック、世界各地の反乱、3.11などが生起するただなかで、
生の最深部、〈下部構造〉からつむがれる政治哲学。
『闘争の思考』以後20年にわたる闘争の軌跡。
(フランスの雑誌『マルチチュード』掲載の主要論文も所収)
9.11、リーマンショック、世界各地の反乱、3.11などが生起するただなかで、
生の最深部、〈下部構造〉からつむがれる政治哲学。
『闘争の思考』以後20年にわたる闘争の軌跡。
(フランスの雑誌『マルチチュード』掲載の主要論文も所収)
目次
第Ⅰ章 ネグリのほうへ――「真の政治は形而上学である」
トニ・ネグリを読むために
帝国とマルチチュード
ある唯物論的な笑いと美
政治を追い詰めるレーニン主義者スピノザ
歴史のなかの『レーニン講義』、あるいは疎外なきルカーチ
「我々はみなネグリ主義者である」、あるいは分離の論理の行方
第Ⅱ章 様々なマルチチュード――「一」は割れずに緊張を生む
リスク人民戦線
いくつかの存在論的空虚について
貨幣の帝国循環と価値の金融的捕獲
主体から主体――政治において、我々はみなシュミット主義者であるのか?
今日における金利生活者の安楽死
第Ⅲ章 ヨーロッパという賭金――「主権」の上空と底で政治は闘われる
亡霊の政治―「ヨーロッパの再生」を問う
論理的な暴動とマルチチュディネスクなコギト
現実主義的革命家と種別的知識人
ヨーロッパの〈新左翼〉は?
〈現代アナーキズム〉あるいは〈実践〉の迷走
第Ⅳ章 ランシエールの傍で――語る「私」をめぐって「階級闘争」がはじまる
Verkehrung(転倒/逆転)の冒険――ジャック・ランシエールの政治的存在論
〈無知な教師〉はいかにして〈僭主〉に教えたか
スキャンダルとしての民主主義
「すべては政治的である」のか?
第Ⅴ章 フーコーとともに――反牧人革命は来るのか
〈実践〉概念の相克――フーコー最後の問題系と六八年
〈我々とは誰か〉あるいはフーコー最晩年の〈外の思考〉
理性の限界を「散逸」させよ
間奏
代書人ボブあるいは〈誤訳〉
ローリング・ストーンズと共産党
第Ⅵ章 日本のなかで――「1968」と「2011」を跨ぎ、「社会的なもの」に抗する
「決めない」政治と金融資本主義
社会は防衛しなければならないのか
社会的なものの行方
六八年革命は「存在」しなかった――小熊英二『1968』
〈文化〉果てるところに待ち侘びる〈党〉――すが秀実『吉本隆明の時代』と長原豊『われら暇疵ある者たち』を横断する
『資本論』から何を再生させるべきか――スラヴォイ・ジジェク『終焉の時代を生きる』
反乱が事故として連鎖反応的に生起した年をどう捉えるか――スラヴォイ・ジジェク『2011』
2011の反乱 その敗北のあとに――想田和弘監督『選挙2』
エピローグ
「国家の破滅は言葉遊びにすぎない」――マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督『フォンターナ広場:イタリアの陰謀』
トニ・ネグリを読むために
帝国とマルチチュード
ある唯物論的な笑いと美
政治を追い詰めるレーニン主義者スピノザ
歴史のなかの『レーニン講義』、あるいは疎外なきルカーチ
「我々はみなネグリ主義者である」、あるいは分離の論理の行方
第Ⅱ章 様々なマルチチュード――「一」は割れずに緊張を生む
リスク人民戦線
いくつかの存在論的空虚について
貨幣の帝国循環と価値の金融的捕獲
主体から主体――政治において、我々はみなシュミット主義者であるのか?
今日における金利生活者の安楽死
第Ⅲ章 ヨーロッパという賭金――「主権」の上空と底で政治は闘われる
亡霊の政治―「ヨーロッパの再生」を問う
論理的な暴動とマルチチュディネスクなコギト
現実主義的革命家と種別的知識人
ヨーロッパの〈新左翼〉は?
〈現代アナーキズム〉あるいは〈実践〉の迷走
第Ⅳ章 ランシエールの傍で――語る「私」をめぐって「階級闘争」がはじまる
Verkehrung(転倒/逆転)の冒険――ジャック・ランシエールの政治的存在論
〈無知な教師〉はいかにして〈僭主〉に教えたか
スキャンダルとしての民主主義
「すべては政治的である」のか?
第Ⅴ章 フーコーとともに――反牧人革命は来るのか
〈実践〉概念の相克――フーコー最後の問題系と六八年
〈我々とは誰か〉あるいはフーコー最晩年の〈外の思考〉
理性の限界を「散逸」させよ
間奏
代書人ボブあるいは〈誤訳〉
ローリング・ストーンズと共産党
第Ⅵ章 日本のなかで――「1968」と「2011」を跨ぎ、「社会的なもの」に抗する
「決めない」政治と金融資本主義
社会は防衛しなければならないのか
社会的なものの行方
六八年革命は「存在」しなかった――小熊英二『1968』
〈文化〉果てるところに待ち侘びる〈党〉――すが秀実『吉本隆明の時代』と長原豊『われら暇疵ある者たち』を横断する
『資本論』から何を再生させるべきか――スラヴォイ・ジジェク『終焉の時代を生きる』
反乱が事故として連鎖反応的に生起した年をどう捉えるか――スラヴォイ・ジジェク『2011』
2011の反乱 その敗北のあとに――想田和弘監督『選挙2』
エピローグ
「国家の破滅は言葉遊びにすぎない」――マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督『フォンターナ広場:イタリアの陰謀』
存在論的政治
カスタマーレビュー
honto本の通販ストアのレビュー(0件)
並び順:
1/1ページ