沖縄青年同盟(沖青同)のメンバーの本村紀夫の軌跡。本村は2人の仲間と共に、1971年の「沖縄国会」で爆竹を鳴らして抗議した(国会爆竹事件)。裁判ではそれぞれのしまくとぅばで陳述(うちなーぐち裁判)。その後も、生涯「沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック」や「命どぅ宝! 琉球の自己決定権の会」などで平和運動や自立・独立運動に取り組んだ。
【目次】
〈インタビュー〉
本村紀夫に聞く 沖縄青年同盟と在日沖縄人の運動
〈エッセー〉
独立も辞さず1 知恵を出し合い自立・独立を
独立も辞さず2 沖縄はこれからどうすべきだろうか?
独立も辞さず3 「独立も辞さず」の沖縄党創出を
独立も辞さず4 沖縄人主体のもと、沖縄の未来を切り開く
宮古口によるシンポジウム
〈在日沖縄青年運動の軌跡〉
まえがき
第1期(1950年-67年)講和条約発効の中で
第2期(1968年-69年)沖縄「返還」運動が盛り上がる中で
第3期(1970年-73年)沖縄「返還」の実態が明らかになる中で
第4期(1973年-74年)海洋博粉砕・皇太子訪沖阻止闘争の中で
第5期(1974年-77年)Sさん不当解雇撤回闘争の中で
第6期(1978年-97年)沖縄現地との連帯と沖縄自立に向けて
第7期(1998年-)関東における沖縄の反戦・反基地運動の要に
沖縄の主体性獲得を求めて
あとがき
〈資料〉
国会爆竹事件・うちなーぐち裁判関連
〈追悼文〉
2019年6月17日 安和桟橋で(仲宗根勇)
断固引き継ぐ(高良勉)
〈解説〉本村紀夫が切り開いた地平(後田多敦)