あらゆる同人誌印刷所が、誰かにとっての特別だった。
30年以上前、石川県金沢市で生まれ育った中学生の少女は、参加した同人誌即売会のパンフレットで「スズトウシャドウ印刷」の文字と、風変わりなおじさんのイラストを目にする。美しい印刷でその名を知られた同人誌印刷所は、小説家を志す彼女にとって、いつか同人誌印刷をお願いしたい「あこがれ」の存在としてうつった。
時は流れ、地元で小説家となった彼女は作家活動の傍ら同人誌制作を続け「あこがれ」を実現。その美しい仕上がりを心から喜んだ。「ご褒美みたいな印刷所としてずっとスズさんはいてくれる……」そう思っていた2024年1月1日、能登半島地震がスズトウシャドウ印刷のある石川県珠洲市を襲った――。
生まれ育った金沢の地で、眠れない夜を過ごしながら決意したのは、チャリティー同人誌制作だった。被災したスズトウシャドウ印刷の営業再開を待って、2024年5月に『波の花 風吹く 令和6年能登半島地震チャリティー同人誌』が完成、大きな反響を呼んだ。そして翌2025年の初夏、スズトウシャドウ印刷から突然のメールが彼女の元へと届く。
そこにあったのは、「2025年7月をもって業務終了」の文字。
覆ることのない事実にショックを受けながら、彼女は決意する。スズトウシャドウ印刷を残したい。能登半島の最先端で、素晴らしい技術をもった印刷所が、たくさんのひとの「あこがれ」をすくってきたこと。それを残す形はやはり、「本」しかないのだと。