- 発売日:2026/08/29
- 出版社:コトニ社
- ISBN:9784910108261
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この私が今ここにあること
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商品説明
哲学者・永井均氏、清水高志氏、推薦。
「この私」が、なぜ、いま、ここにあるのかーー。
誰にとってもあまりに当たり前でありながら、考えはじめた途端に底の見えない問いがある。
この世界があること。私がいること。そして、その私が、ほかの誰でもなく「この私」として、今ここにあること。
本書は、その根源的な事実をめぐって、カント、アリストテレス、プラトン、ナーガールジュナ、道元、親鸞、永井均、入不二基義、清水高志らの哲学・思想を横断しながら、〈空性〉の力としての形而上学を構想する、著者渾身の哲学的探究である。
中心にあるのは、「この私が今ここにあること」という、誰もがそこから逃れることのできない問いである。
私とは何か? 現実とは何か? 言語はどこで世界に触れるのか? 自由とは何か……?
そして、Aでもなくnon-Aでもない「第四レンマ」の〈界面地帯〉において、世界と私とはどのように立ち上がるのか?
本書は、安易な答えを与える本ではない。
むしろ、私たちがふだん自明のものとして通り過ぎている「私」「今」「ここ」「現実」「言葉」「自由」を、もう一度、根底から問いなおすための本である。
哲学の古典、仏教思想、現代日本哲学を架橋しながら、「この私が今ここにあること」の不思議へと迫る、比類なき形而上学の試み。
「この私」が、なぜ、いま、ここにあるのかーー。
誰にとってもあまりに当たり前でありながら、考えはじめた途端に底の見えない問いがある。
この世界があること。私がいること。そして、その私が、ほかの誰でもなく「この私」として、今ここにあること。
本書は、その根源的な事実をめぐって、カント、アリストテレス、プラトン、ナーガールジュナ、道元、親鸞、永井均、入不二基義、清水高志らの哲学・思想を横断しながら、〈空性〉の力としての形而上学を構想する、著者渾身の哲学的探究である。
中心にあるのは、「この私が今ここにあること」という、誰もがそこから逃れることのできない問いである。
私とは何か? 現実とは何か? 言語はどこで世界に触れるのか? 自由とは何か……?
そして、Aでもなくnon-Aでもない「第四レンマ」の〈界面地帯〉において、世界と私とはどのように立ち上がるのか?
本書は、安易な答えを与える本ではない。
むしろ、私たちがふだん自明のものとして通り過ぎている「私」「今」「ここ」「現実」「言葉」「自由」を、もう一度、根底から問いなおすための本である。
哲学の古典、仏教思想、現代日本哲学を架橋しながら、「この私が今ここにあること」の不思議へと迫る、比類なき形而上学の試み。
目次
Epigraph/始まりの碑文
第一部
第一章 Prelude/前兆
第二章 この私の感覚――迷宮の扉
第三章 この私が線を引くこと
第四章 持続的なもの――時空の生成
第五章 この私が数えること
第六章 〈X〉という他者
第七章 現実と言語の狭間で
第八章 この私が今ここにあること
第九章 〈他者〉の到来――デカルト『第三省察』の衝撃
終幕の碑文へ
第二部
序文 〈私〉と〈空性〉への旅
第一章 無内包性と形式性
一 アリストテレス『形而上学』第三巻第五章
二 大森荘蔵を巡って
三 カント『純粋理性批判』――形式としての空間
四 形式性の生成
五 「マイナス内包」と超越論的自由
第二章 この〈私〉とその影
一 この〈私〉と〈X〉の出会い
二 「時間」と〈現在〉の矛盾
三 〈私/X〉
四 気づくまたは気づかないこと
第三章 〈非-思量〉という次元/場
一 〈私-誰〉と〈私-今〉
二 〈非-思量〉と無限判断領域〈non-P〉
三 〈非/non〉の深みへ
四 〈自由〉/〈空性〉への転回点
五 〈私-誰〉として見いだされた〈私/X〉
第四章 〈自己触発〉を巡る問題圏
一 『純粋理性批判』の暗点
二 反転図形――不断の〈反転/振動〉
第五章 カント『純粋理性批判』のデッドライン
一 ドゥルーズ『感覚の論理学』から〈空性〉へ
二 内包量のアポリアのもう一つの地帯/Zone
三 諸地帯Zones――デッドライン/死線の横断
四 人称と〈私-誰〉――〈超越論的自由〉という結節点
第六章 左右の問題――この私の左右と時制の生成
第七章 プラトン『テアイテトス』の問題圏
第八章 対称性の自発的な破れと自由という力
Epilogue/終幕の碑文
終幕の碑文
対称性 量子ゆらぎ SSB
この私の今ここ
〈界面地帯/Interface-zone〉の実存
附論一 〈非僧非俗〉――《定言命法》から〈非行非善〉へ
附論二 Any-nessのDeadlock
注
後記
第一部
第一章 Prelude/前兆
第二章 この私の感覚――迷宮の扉
第三章 この私が線を引くこと
第四章 持続的なもの――時空の生成
第五章 この私が数えること
第六章 〈X〉という他者
第七章 現実と言語の狭間で
第八章 この私が今ここにあること
第九章 〈他者〉の到来――デカルト『第三省察』の衝撃
終幕の碑文へ
第二部
序文 〈私〉と〈空性〉への旅
第一章 無内包性と形式性
一 アリストテレス『形而上学』第三巻第五章
二 大森荘蔵を巡って
三 カント『純粋理性批判』――形式としての空間
四 形式性の生成
五 「マイナス内包」と超越論的自由
第二章 この〈私〉とその影
一 この〈私〉と〈X〉の出会い
二 「時間」と〈現在〉の矛盾
三 〈私/X〉
四 気づくまたは気づかないこと
第三章 〈非-思量〉という次元/場
一 〈私-誰〉と〈私-今〉
二 〈非-思量〉と無限判断領域〈non-P〉
三 〈非/non〉の深みへ
四 〈自由〉/〈空性〉への転回点
五 〈私-誰〉として見いだされた〈私/X〉
第四章 〈自己触発〉を巡る問題圏
一 『純粋理性批判』の暗点
二 反転図形――不断の〈反転/振動〉
第五章 カント『純粋理性批判』のデッドライン
一 ドゥルーズ『感覚の論理学』から〈空性〉へ
二 内包量のアポリアのもう一つの地帯/Zone
三 諸地帯Zones――デッドライン/死線の横断
四 人称と〈私-誰〉――〈超越論的自由〉という結節点
第六章 左右の問題――この私の左右と時制の生成
第七章 プラトン『テアイテトス』の問題圏
第八章 対称性の自発的な破れと自由という力
Epilogue/終幕の碑文
終幕の碑文
対称性 量子ゆらぎ SSB
この私の今ここ
〈界面地帯/Interface-zone〉の実存
附論一 〈非僧非俗〉――《定言命法》から〈非行非善〉へ
附論二 Any-nessのDeadlock
注
後記
この私が今ここにあること
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