「建築を文化に」―その思いは、かつてひとりの建築学生が抱いた違和感から始まった。
次々と新しい建物が生まれ、消費されていく高度成長期。憧れだった建築は、いつしか自分から遠く離れた、白々しい存在に見えはじめる。だが、岡本太郎の「太陽の塔」と出会ったとき、若者は気づく。モノは、作り手の熱い思いを宿したとき、単なる装置でも流行でもなく、人の記憶に残る「文化」になるのだと。
彼はやがて兵庫県営繕課で設計の醍醐味と怖さを知り、丹下健三氏との歴史博物館設計をめぐる緊迫したやり取りを経験する。しかし、志半ばで設計の現場を離れることに。戸惑いの中、師の光安義光から贈られた言葉―「手を動かし続けることだ」―が、彼の人生を大きく動かしていく。
町を歩き、古い建物を見つめ、スケッチを重ねる日々のなかで、やがて彼は知ってゆく。建物には物語があり、風景には人々の記憶が宿っていることを。阪神・淡路大震災を経て、失われた建築や町並みが、かけがえのない「証し」であったことを。
ヘリテージマネージャー制度の広がり、仲間たちとの出会い、そして喜寿を迎えて到達した三〇〇〇枚のスケッチ。本書は、建築と風景を愛し続けた著者が、半生をかけて聞き取ってきた「モノの声」の記録である。
建築は、消費されるものではない。
人とともに生き、記憶となり、文化となる。
そのことを静かに、そして力強く語りかける一冊。