はじめに
I 地政学と社会心理のアート
第1章 あのときアートは何をみた?
1、共産圏、ポーランドワルシャワの路上、ポーランド、一九七三年
2、冷戦期・新自由主義を迎えた西側
シュトゥットガルト中央駅、西ドイツ、一九八三年
トンプキン・スクエア公園、ニューヨーク、アメリカ合衆国、一九八八年
ストックホルムとパリの路上、スウェーデン/フランス、一九九二
3、戦禍の後に残されたもの
バンカーヒル記念碑、ボストン、アメリカ合衆国、一九九八年
原爆ドーム、広島、日本 、一九九九年
ゲーテとシラー像、劇場広場、ヴァイマル、ドイツ、二〇一六年
第2章 アートは何を変えたのか?
1、心理的移行の装置/投影
「みんなが注目してくれる!」中学生、広島、日本、二〇〇一
「人殺しになるためではない」造船所跡、リヴァプール、イギリス、二〇〇八
「分断は私たちの世代でなくさなければ」国立現代美術館ソウル館、ソウル、韓国、二〇一七
2、重ねられた二つの時間
国境沿いの街から 一九八八/二〇〇一
銃を握る手 一九八八/二〇一八
分断と対話 一九八五/二〇一三
II 足跡
第1章 ポーランド 静かな抵抗
1、出自と第二次大戦後のポーランドの政治的状況
美術アカデミーと工業デザイナー時代
記念碑・楽器/装置
個人的な装置《パーソナル・インストゥルメント》
自分自身を追う回廊《ア・パッセージ》
2、ポーランド前衛芸術 状況と実験
一九七〇年代ポーランドの前衛芸術
ポーランドでの実験的写真と光学の自画像
スライド映写による線的構造
ポーランド出国
一九八〇年代のポーランド
第2章 移民のアーティストとして
1、カナダへの移住
思考実験のドローイング
〈パブリック・プロジェクション〉の開始
新たな観客の創出
2、アメリカ合衆国への移住
ホームレスと公園の彫像たち
3、資本主義世界と死の舞踏
4、〈パブリック・プロジェクション〉のテーマ分析
第3章 社会的介入への移行
1、好戦的なプロジェクト
2、コミュニケーションのための装置
3、問題提起型のデザインへ
第4章 冷戦の終焉と〈パブリック・プロジェクション〉 沈黙から語りへ
1、新自由主義の時代を迎えて
2、湾岸戦争を背景に
3、公共の投影の再開―投影と語り
4、窓/壁の向こう側
5、冷戦崩壊期の〈パブリック・プロジェクション〉
6、公共圏の機能を推し量る
7、社会的転回と反省なきパラダイムシフト
第5章 二〇〇〇年代のヴォディチコ
1、9・11への反応
2、二〇〇〇年以降の〈パブリック・プロジェクション〉
3、多義的な境界線
4、彫像の語り、多声性
5、応答としてのアート
6、非‐戦文化と〈モニュメント〉構想
7、〈モニュメント〉という記述法
III 記憶装置としてのアート
第1章 集合意識のフィードバック
1、三つのメカニズム
心理的移行のメカニズム
自己視認のフィードバック
目撃者――集合的なフィードバック
2、記述のためのアート
参加の使命感
書き込みのプラットフォームとして
集合意識の記録装置
第2章 アート・記憶装置・両義性
1、問題提起の質的変化
2、誰が書き込むのか?
3、政治的文脈の途絶と場への記述
4、絞首台のユーモアとして
5、記憶装置としてのアート
6、対抗の記念碑から両義性へ
註
あとがき
[附録]スライド投影による〈パブリック・プロジェクション〉(1980-1991)一覧