長崎随一の墓域を誇る風頭山全体を調査したことで資料性を高く評価された『長崎墓所一覧 風頭山麓篇』(宮田安著・昭和57年長崎文献社刊)発行から40年。テレビでおなじみの若き長崎風俗研究家である山口広助が、令和の現代において、改めて墓域全体を調査しなおし、写真を撮りおろしたのが本書である。
40年の月日は多くの変化を生んでいた。破却された墓所、樹木に覆われて探すのも困難となった墓所、それらにもう一度光をあて、そこに眠る人々の生い立ちや功績を改めて掘り起こす。すると、そこに浮かび上がったのは、長崎の歴史を築いてきた多様な人々の物語だった。
初代長崎代官村山等安の子孫、9人の長崎奉行、伝説的な唐通事、隠元和尚の甥っ子、日本のビスケットの父、からくり儀衛門と呼ばれた御用時計師、オランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフの薄幸の息子、シーボルトゆかりの女医楠本イネ、坂本龍馬の写真を撮った上野彦馬、”銅座の殿様”と呼ばれ芥川龍之介をはじめとする時代の文士たちと交流した永見徳太郎……。
底本とした『長崎墓所一覧』にも掲載されなかった新発見の墓所もある。興福寺や崇福寺などの唐寺の末庵を含む16の寺社、全300墓所の存在感に圧倒されるが、敷地内の石碑や記念碑、その地に残る伝説や逸話なども丁寧に拾い上げた。資料性も推して知るべし。