著者が集英社の文芸雑誌『すばる』(平成8年3月号)に書いた長編評伝『遠い青空─山川方夫の生涯』を、『小説山川方夫伝─君も書いて行く以外ない男だよ』と改題して刊行。集英社文庫になった山川方夫の2冊の文庫(『夏の葬列』『安南の王子』)の解説文なども追加。
山川方夫の評伝は、当時、『すばる』の副編集長だった松永則夫氏に、山川方夫特集の相談をうけたことから始まった話だった。著者は、一挙掲載の長編評伝を書くことを約束する一方で、『江藤淳・桂芳久対談』をはじめ、幼稚舎時代の同級生で、精神分析学者・小此木啓吾氏等、山川方夫の関係者にエッセイの依頼をするという企画が出来上がった。そして実現したのが、『すばる』の山川方夫特集号だった。
『山川方夫の生涯』という評伝は、一部では、たとえば、朝日新聞の「文芸時評」(川村湊)に取り上げられるなど、好評だったが、他方では、つまり山川方夫の関係者や山川方夫をよく知る人たちには、不評だったらしい。かなりの顰蹙を買っていたようであった。というのは、たとえば一部の『三田文学』関係者にとって、『三田文学』の若き編集長として、批評家の江藤淳や作家の坂上弘などを発掘すると同時に、彼等をしたがえて、戦後文学史に、《『三田文学』の黄金時代》をきずいた山川方夫という存在は、雲の上の神聖な存在だったからである。アンタッチャブルで、サンクチュアリとしての山川方夫。そこに、ズカズカと土足で踏みこんでいこうとした《田舎者》の新参者が、著者だったというわけである。著者は、早く本にしたかったが、お世話になった『三田文学』の先輩たちの《花園》を荒らすのを恐れて、踏み切れなかったというわけなのだ。しかし、江藤淳をはじめ、田久保英夫、坂上弘、高橋昌男の各氏らがあいつでいで逝き、山川方夫を直接的に知っている文学者たちが不在になってみると、もはや山川方夫を愛着をこめて真摯に語る人もいなくなりつつあるようだ。山川方夫も、忘れられようとしているのではないか。それでいいのか。というわけで、偉大な先輩たちに感謝しつつ、著者は毀誉褒貶を覚悟の上で、出版してみようかという気持ちになったのである。