リップグリップ・倉田シウマイの新書探検ナビ No.4 延命治療は患者を幸せにするのか――スピノザ哲学に見る希望

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No.4 延命治療は患者を幸せにするのか――スピノザ哲学に見る希望

新書大好き芸人のリップグリップ・倉田シウマイさんによる、新書好きによる新書好きのための新書探検ナビ。新書を通して、新たな知的好奇心の扉を開いていく連載記事です。第4回のタイトルは、「延命治療は患者を幸せにするのか――スピノザ哲学に見る希望」。夏川草介さんの『スピノザの診察室』(水鈴社)のテーマである「延命治療と患者の幸せ」について、国分功一郎さんの『スピノザ』(岩波書店/岩波新書)を通して読み解いていきます。

死にゆく人が目の前にいるとき、私たちは何をしてあげられるでしょうか。選択肢は大きく分けて二つあります。一つは、最先端の医療を施し、その人を延命させる。もう一つは、苦痛を和らげ、尊厳のある最期を迎えてもらう。当然、延命治療を選ぶべきだ、と思われるかもしれません。しかし、絶対に正しい選択でしょうか。医療には限界があります。人は死から逃れられません。患者は延命するのが幸せで、死は不幸な結末なのだと決めつけてしまうと、人間は誰しも不幸になるべく生きていることになってしまいます。

では、終末医療に踏み切れば問題は解決なのか。もちろん違います。医療が発達し、痛みや吐き気をとる薬はたくさんあります。それでも、「薬をうまく使えば安らかに逝ける」なんてまだまだ幻想です。薬の効き目は患者によって千差万別で、容体が急激に悪化し亡くなってしまうことや、長期間苦しむことだってざらにあります。死に向かっていくことも容易な選択ではないのです。

夏川草介『スピノザの診察室』(水鈴社)において、主人公・雄町哲郎はまさにこの問題に直面しています。哲郎は京都の街中にある地域病院に勤める消化器内科の医者です。自転車で京都を駆け回って患者を診療しています。哲郎はかつて凄腕医師として大学病院で難しい症例に取り組んでいました。しかし、妹が早逝し、妹の息子を引き取るために哲郎は大学医局を辞めました。地域病院での診療では、いくら内視鏡手術の腕前が天才的であっても、哲郎は患者の死を看取らねばなりません。

スピノザの診察室
スピノザの診察室

スピノザの診察室

商品詳細

医者は最先端医療と終末医療の狭間に立たされています。そんな医者にできることは一体なんでしょうか。哲郎が見つけた答えは、患者が残された時間を幸せに過ごせるよう心を砕くことでした。哲郎がこの答えに至ったきっかけは妹の死です。妹は死の間際でも笑顔を絶やさず、魔法のように幸せな時間を作りだしていました。そこから哲郎は、病が治らずとも、残された時間がわずかであろうとも、人は幸せに過ごすことができるという哲学を獲得したのです。

 哲郎の思想に多大な影響を与えた人物が妹の他にもう一人います。それがスピノザです。スピノザは17世紀の哲学者で、著作がキリスト教社会から糾弾され、住む土地を転々とし、不遇な人生を送った人物です。世界の流れは決まっていて、人間は無力であると断じながら、だからこそ「努力」が必要である。そのように哲郎はスピノザの哲学を解釈し、自らの希望にしました。人間にはできることがほとんどないからこそできる限りのことをやればいい、そう考えられる点に救いがあったのです。

さて、スピノザの提示した「努力」とは何のことでしょうか。スピノザの哲学に入門するのにうってつけの新書があります。

國分功一郎『スピノザ──読む人の肖像』(岩波新書)は、スピノザの全ての著作に触れながら、その哲学の全体像を読み解いた新書です。スピノザが自らの哲学を形成する足がかりとしたデカルトについて書いた『デカルトの哲学原理』から、主著である『エチカ』、キリスト教社会から弾圧される要因となった『神学・政治編』、遺作である『国家論』まで、全七作について解説しています。

 スピノザが「努力」について主に論じたのは『エチカ』第三部においてです。「エチカ」は「倫理学」を意味します。人が善く生きるにはどうすればよいのかが『エチカ』のテーマです。そして、人間が望ましい生き方をするにあたって重要となるのが「努力」だというのです。

実は「努力」は翻訳された語で、スピノザがもともと提示した概念は「コナトゥス」といいます。コナトゥスとは個体が自らの存在を維持しようとする力です。コナトゥスと外部の刺激が組み合わさることで身体に変状をもたらします。コナトゥスは意識のみに関係するときには「意志」、意識と身体に関係するときには「衝動」と呼ばれます。

人間が他のあらゆる動物や物体と違うのは、衝動を意識できるところです。意識を伴った衝動が「欲望」であり、それこそが人間の本質であるとスピノザは主張します。人間の特徴とは何よりも、自らを突き動かす力を意識しているところなのです。

スピノザ
スピノザ

スピノザ

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スピノザは欲望を人間の基本的な三つの感情の一つに挙げました。残りの二つは「喜び」と「悲しみ」です。喜びは身体と精神の活動能力を高め、悲しみは活動能力を低下させます。ややこしいのは、欲望は喜びや悲しみによって推移する力そのものであることです。ここでは感情が自らの力に影響を与えるということだけ押さえておいてください。

 スピノザはしばしば喜びの哲学と言われます。たしかに喜びの感情の最大化を目指す哲学というイメージは間違いではありません。しかし、人が悲しみを避けて喜びを求めるだけならば、そこに倫理は存在しません。スピノザ主義は快楽主義ではないのです。

では、『エチカ』において人間の生が目指すべきとするのは何か。それは「能動性」です。ここで「能動」と「受動」の通常の意味に囚われてはいけません。哲学の用語の意味はそれが用いられる体系の中で決定されるからです。スピノザの言う能動とは、自らが自らの行為の原因になっていることです。ここでの「原因になる」とは、結果を引き起こすというよりも、結果によってその力を表現することを指します。つまり、自らの行為が自らの力を表現しているとき、能動的だと言えるのです。

スピノザのいう能動性を理解するのに良い例が「ねたみ」という感情です。人は自分と同等だと思っていた相手が自分を上回ったときねたみの感情を抱きます。ねたみは悲しみの感情であり、活動低下をもたらします。とはいえ、ねたみをバネにして何かに取り組むこともあり、そんなとき傍目からは活発的に見えるでしょう。しかし、ねたみによる活動が表現するのは、ねたみを感じさせた相手の力です。だから、ねたんでいる人間は受動的だと言えるのです。

自らの力を表現できるように生を全うする。それこそがスピノザ哲学が示した善く生きることでした。医療の発展によって人間は何年も命を長引かせられるようになりました。しかし、気を付けなければいけないのは、延命治療が医療の力を見せびらかすために施されていないか、患者の力を奪ってやしないかということです。患者が善く生きるために、つまりは患者が患者の力を表現できるようにするために治療をする。そうやって医療に携わることが死にゆく人との正しい向き合い方であり、それを雄町哲郎はスピノザからしっかりと学んでいたのでした。

2026-08-15

PROFILE

倉田シウマイ

(リップグリップ)

マセキ芸能社のお笑い芸人。
京都大学出身。
2015年10月に相方の岩永とリップグリップを結成。
新書を紹介する個人YouTubeチャンネル「新書といっしょ」を運営するかたわら、お笑いライブや大学の講義で新書の魅力を広めている。

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リップグリップ 倉田シウマイ
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