芹沢光治良の作品は実生活から少しずつフィクションの世界に移行していくためか、読者は作品をそのまま事実と受け止めてしまうことがある。作者と作品とが密接に関係しているという感覚は、作者に接したことのある者であれば誰でも実感として納得するところである。
作者の人間性や神概念の形成に大きな影響を与えたのは宗教的な環境である。天理教の家に生まれて父親が全財産を信仰に捧げ、祖父母・叔父叔母のもとで成長したため、教団に対しては否定的な感情を持っていたが、その一方で神の存在を疑うことはなかった。戦時中は聖書を精読し、渡欧に際してはローマ法王ピオ十二世に個人謁見するなど、生涯、神と宗教と信仰について考え続けた人である。
昭和六十一(一九八六)年、九十歳のとき『神の微笑』を皮切りに<神シリーズ>と称される一連の作品を発表し、九十六歳で死去するまで毎年一冊ずつ書下ろし単行本を上梓した。刊行から四十年を経た現在、冷静に<神シリーズ>を分析することで、芹沢文学の根底に流れている神概念や人生観、人間観を考察していきたいと思う。
六十三年に亘る作家生活を俯瞰すると、戦前の代表作である『巴里に死す』や自伝的作品である『男の生涯』『孤絶』『離愁』、戦後の代表作である『人間の運命』や『愛の影は長く』など、多くの作品に青年時代の恋人である女性が登場する。その女性は作者のなかで理想化されて永遠の存在となり、作品を理解するうえで重要な位置を占める存在である。それほど大きな影響を与えた安生(あんじょう)鞠(まり)という女性について、今まで東京女子大学の第一期生という以外わからないことが多かったが、このたび経済学者の河合栄治郎の日記を松井慎一郎跡見学園女子大学教授から提供していただき、多くのことが明らかになってきた。このときの体験が作者に時代の閉塞状況や差別、格差などの社会矛盾を考えさせる動機となり、後の作品に社会性をもたらす一因となった。その意味において青年期にありがちな失恋に終わることなく、極めて社会的な意味を持つできごとだったのである。時代状況と個人の置かれた状況との両面から考察していきたいと思う。
芹沢は小説を書くことで読者を幸福にしたい、社会をよくしたいと考えていた。その信念を形成したのは、生まれたときから神とともに在り、その実在を疑わなかったことに加えて、多くの人から支援を受け、その愛情に支えられた人生であったからである。芹沢光治良とその文学を理解するうえで最も重要なことは、神の存在と愛情の問題である。これが『芹沢光治良の神と愛』と題した由縁でもある。